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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)8号 判決 1977年11月30日

原告

ユニバーサル・オイル・プロダクツ・カンパニー

被告

旭電化工業株式会社

上記当事者間の標記事件について次のとおり判決する。

主文

特許庁が昭和47年6月30日同庁昭和46年審判第4667号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1. 当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2. 請求原因

1. 特許庁における手続

原告は名称を「ゼオライトの製造法」とする特許第514171号発明(以下、「本件発明」という。)の特許権者であり、本件発明は西暦1964年(昭和39年)4月13日アメリカ合衆国における特許出願に基く優先権を主張して、昭和40年4月13日に特許出願され、昭和43年3月29日設定登録されたものであるが、特許庁は、被告が昭和46年6月16日になした無効審判の請求に基づいて(同庁昭和46年審判第4667号事件)、昭和47年6月30日右特許を無効とする旨の審決をし、その審決謄本は同年9月20日原告に送達された。(なお、原告のため出訴期間として3か月を附加された。)

2. 本件発明の特許請求の範囲

本件発明の明細書記載の特許請求の範囲は、「シリカ及びアルミナからなる群から選択された酸化物の少くとも1つを含むように合成的に製造されたところの一定した寸法及び形状の強煆焼された非ゼオライト粒子をアルカリ金属陽イオン及び水酸基、硅酸塩及びアルミン酸塩からなる群から選択された陰イオンを含む水性溶液で処理し、生じた処理された粒子を溶液から分離しそしてアルカリ金属ゼオライト粒子を該非ゼオライト粒子と実質的に同一の寸法及び形状において回収することを特徴とする合成ゼオライト粒子の製法」というにある。

3. 本件審決の理由

本件審決は、その理由中において、本件発明の特許請求の範囲を前項掲記のとおり認めたうえ、以下のように要約される判断を示している。

特許請求の範囲のうち、「アルカリ金属ゼオライト粒子を『該非ゼオライト粒子と実質的に同一の寸法及び形状において』回収すること」とは、前記非ゼオライト粒子に対し所定の処理をした結果であつて、アルカリ金属ゼオライト粒子を製造するための構成要件とは認められないので、結局、本件発明の要旨は、

Ⅰ  シリカ及びアルミナからなる群から選択された酸化物の少なくとも一つを含むように合成的に製造されたところの一定した寸法及び形状の強煆焼された非ゼオライト粒子を、

Ⅱ  アルカリ金属陽イオン及び水酸基、硅酸塩及びアルミン酸塩からなる群から選択された陰イオンを含む水性溶液で処理し、

Ⅲ  生じた処理された粒子を溶液から分離しそしてアルカリ金属ゼオライト粒子を回収することを特徴とする合成ゼオライト粒子の製法、

ということができる。

そして、本件発明の特許出願の優先権主張日前アメリカ合衆国において頒布された同国特許第3、119、660号明細書(以下「引用例」という。)には、「カオリン型粘土を均一な形状の粒状物に成形し、これをアルカリ金属酸化物を含有する水性反応性混合物で処理し、右粒状物を結晶性ゼオライトにする合成ゼオライト粒子の製法」が記載されており、その具体的1方法によれば、右粒状物はカオリン型粘土を粒状に成形し、約700度Cに煆焼して活性化したものであること、右アルカリ金属酸化物を含有する水性反応性混合物はアルミン酸ナトリウム及び水酸化ナトリウムの混合水溶液であること、及び生成したものは非常に硬質の粒状物たるゼオライトであることが記載されている。

そこで、本件発明と引用例とを比較すると、①カオリン型粘土はシリカ、アルミナ及び結晶水からなる粘土であるから、これを成形し、煆焼して活性化した引用例記載の粒状物は、本件発明の「シリカ及びアルミからなる群から選択された酸化物の少くとも一つを含むように合成的に製造されたところの一定した寸法及び形状の強煆焼された非ゼオライト粒子」に該当し、②引用例記載のアルミン酸ナトリウム及び水酸化ナトリウムの混合水溶液は、本件発明の「アルカリ金属陽イオン及び水酸基、硅酸塩及びアルミン酸塩からなる群から選択された陰イオンを含む水溶液」に該当し、③引用例の方法で生成される硬質の粒状ゼオライトは、本件発明の生成物たる「アルカリ金属ゼオライト粒子」と同一である。

したがつて、本件発明は、引用例記載のものと同一であるというべきであるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、その特許は無効とされるべきものである。

4. 本件審決の取消事由

本件審決の理由のうち、本件発明の特許出願の優先権主張日前アメリカ合衆国において頒布された引用例に審決認定の記載があることは争わない。しかしながら、審決は本件発明の要旨の認定を誤り、しかも、本件発明と引用例との対比において両者の間には出発物質、煆焼目的及び作用効果につき重大な差異があるにもかかわらず、これを看過誤認したものであり、したがつて、本件発明が引用例記載のものと同一の発明であるとした判断も誤りであるから、審決は違法であり、取消さるべきである。以下にその違法理由を詳説する。

(1)  審決は本件発明の要旨の認定を誤つている。

審決の認定するとおり「アルカリ金属ゼオライト粒子を該非ゼオライト粒子と実質的に同一の寸法及び形状において回収すること」が非ゼオライト粒子に対し所定の処理をした結果であること、並びに、本件発明の要旨を審決の認定したとおりと解しても、これを特許請求の範囲の項記載のとおりとした場合に比較して作用効果に差異を生じないことは認める。しかし、審決のように、特許請求の範囲のうち「該非ゼオライト粒子と実質的に同一の寸法及び形状において」という部分を構成要件から当然に除外して要旨認定をすることは許されない。すなわち、化学物質の製造方法に関する特許発明においては、一般に、出発物質、反応剤、目的物質をもつてその発明の構成要件とする場合が多く、目的物質及びその性状は出発物質と反応剤との反応による結果を示すにすぎないものとしても、当該発明を特徴づける構成要件とされているのである。本件発明においても、審決が除外した上記の部分は目的物質たるアルカリ金属ゼオライト粒子が「該非ゼオライト粒子と実質的に同一の寸法及び形状」のものであることを示しており、本件発明を特徴づける要件の一つとなつているのである。したがつて、右の要件を除外して本件発明の要旨を認定することは誤りである。

(2)  本件発明と引用例とは出発物質、煆焼目的及び作用効果において重大な差異があり、審決はこれらの差異を看過誤認している。

Ⅰ 出発物質

引用例の方法はカオリン型粘土を原料(先駆出発物質)とし、これを成形、煆焼して活性化した反応性カオリンを出発物質とするものであるが、カオリン型粘土はシリカ(SiO2)及びアルミナ(Al2O3)の単なる混合物ではなく、含水珪酸礬土(Al2Si2O5(OH)4)なる単一化合物を主成分とするものであり、反応性カオリンもシリカ及びアルミナの単なる混合物とは異なるものである。これに対し、本件発明はシリカとアルミナの少なくとも一つまたは両者の混合物を含むように合成的に製造されたところの強煆焼された非ゼオライト粒子を出発物質とするものであり、その化学的組成(すなわち、出発物質を構成する化合物)は引用例の反応性カオリンと異なつている。

Ⅱ 煆焼目的

引用例において、カオリン型粘土を煆焼する目的はカオリン型粘土を活性化した反応性カオリンにするためであり、これはゼオライトへの転化に必要不可欠のこととされているのである。しかし、右煆焼には粒子を物理的に強化するという目的及び効果がなく、粒子の強度は原料たるカオリン型粘土自体の密度により定まるのである。これに対し、本件発明において、前記出発物質たる非ゼオライト粒子を煆焼しておくことは、引用例における煆焼と異なり、ゼオライトへの転化に必要不可欠とされるような化学的な関係はなく、非ゼオライト粒子が後に処理水溶液との接触中に崩壊することがないように物理的に粒子を強化し、目的物質たるゼオライト粒子に良好な強度(破砕に対する抵抗度)と密度を与えるためのものである。したがつて、本件発明と引用例とにおける煆焼目的は異なつている。

Ⅲ 作用効果

①  不純物の量

引用例の方法は天然のカオリン型粘土を原料(先駆出発物質)とするため、目的物質中に不純物が混入することは避けられないが、本件発明は合成的に製造された非ゼオライト粒子を出発物質とするから、目的物質中の不純物が引用例のそれより極めて少ないという長所がある。

②  強度

引用例の方法により生成されるゼオライト粒子に硬質のものがあることは認めるが、それは煆焼によるものでなく、カオリン型粘土が高密度であることによりえられるのであり、稀釈剤、接合剤または充填剤を用いる場合のようにカオリン型粘土が低密度であれば、生成されたゼオライト粒子が必ずしも硬いとはいえない。これに対し、本件発明においては非ゼオライト粒子を煆焼することにより強度を高めるものであり、したがつて目的物質たるゼオライト粒子は低密度のものでも良好な強度を維持することができるのである。

③  寸法及び形状

本件発明においては、出発物質があらかじめ一定の寸法及び形状に合成的に製造された、すなわち予成形体の非ゼオライト粒子であり、その寸法及び形状が維持されたままゼオライトに転換されるので、目的物質たるゼオライト粒子は右出発物質と同一の寸法及び形状である。したがつて、目的物質の求められる寸法と形状をあらかじめ成形し、その特徴を正確に制御することができる。しかし、稀釈剤を用いる引用例においては、出発物質の粒子と同一の寸法及び形状の目的物質を生成することはできない。

④  分子ふるいの機能

本件発明と引用例とは前記のとおり出発物質が異なつているため目的物質たるゼオライトの分子ふるいとしての機能に重大な差異がある。すなわち、本件発明の出発物質たる非ゼオライト粒子は引用例の出発物質たる反応性カオリンに比べて空洞の容積(長孔量)で約19倍、空洞内の表面積で約18倍も大きく、それだけ分子の吸着量が大きいから、分子ふるいの表面の孔径が同じであつても、分子ふるいとしての機能が優れている。

第3. 答弁

1. 原告主張の請求の原因中、1ないし3の事実は認める。

2. 同4における原告主張の審決の取消事由が存在することは争う。以下に説明するとおり、審決の認定及び判断に誤りはなく、その結論は正当である。

(1)  審決がした本件発明の要旨の認定は誤つていない。

一般に、ゼオライトの製造において、目的物質たるゼオライト粒子を出発物質たる非ゼオライト粒子と実質的に同一の形状において回収することは当業者の慣用手段であつて、引用例にもこの点が明らかに示されている。そして、本件発明の特許請求の範囲のうち、「アルカリ金属ゼオライト粒子を該非ゼオライト粒子と実質的に同一の寸法及び形状において回収すること」なる部分には「回収すること」以外に製造操作にかかる要素を含んでいないところ、本件発明はゼオライト粒子を非ゼオライト粒子と同一の寸法及び形状において回収すること自体について新規な操作方法を提供するものではなく、右の部分は単に出発物質と同一の寸法及び形状の目的物質を回収しうるとの結果を示しているにすぎない。審決は、ゼオライト粒子を「非ゼオライトと実質的に同一の寸法及び形状において」回収することが本件発明の要旨に本来的に含まれていないものとしてこれを除外したのではなく、本件発明を引用例と対比し特許要件の存否を判断するに当り、その要点となる製造操作の対比の関係において、右の部分は発明の構成要件とならないものと認定したのであり、審決のした要旨の認定に誤りはない。

(2)  本件発明と引用例とはそれぞれ出発物質、煆焼目的及び作用効果に何ら差異がない。

Ⅰ 出発物質

引用例の原料(先駆出発物質)であるカオリン型粘土は化学組成上シリカ、アルミナ及び結晶水からなる粘土であるから、これを成形、煆焼して活性化した反応性カオリンはシリカ及びアルミナを含むように合成的に製造されたところの一定した寸法及び形状の煆焼された非ゼオライト粒子に該当するものであり、結局、本件発明と引用例の出発物質は同一である。

Ⅱ 煆焼目的

引用例における煆焼の目的が第1にカオリン型粘土を反応性カオリンに変化させることにある事実は認めるが、第2の目的は煆焼により粒子を物理的に強化し、硬質のゼオライト粒子を得ることを可能ならしめることにある。したがつて、本件発明と引用例とにおける煆焼目的は、全体的にみれば、同一であるというべきである。

Ⅲ 作用効果

①  不純物の量

高純度のカオリン型粘土は大量に入手が可能であり、ゼオライトの原料としても十分な純度を有している。また、目的物質たるゼオライトの純度は、実際には、出発物質に含まれる不純物の量によつて定まるものというより、むしろ反応の副生成物や未反応物の量により左右されるから、出発物質が合成的なものであるからといつて目的物質が当然に高純度になるわけではない。したがつて、引用例の方法により製造されたゼオライトが本件発明によるものと比較して純度において劣るものではない。

②  強度

引用例も、煆焼により粒子を物理的に強化し、その結果、高い耐摩耗性、強度等を備えたゼオライト粒子を製造することができるのである。なお、本件発明の明細書には低密度の粒子でも強度を維持する旨の記載はない。

③  寸法及び形状

目的物質たるゼオライト粒子の寸法と形状はその出発物質の粒子の寸法と形状により定まるところ、引用例の方法によつても、出発物質を所定の処理をすることにより当然にこれと同一の寸法及び形状を有するゼオライト粒子が得られるのであり、この点について本件発明と引用例とは変りがない。

④  分子ふるいの機能

原告は、本件発明と引用例の各出発物質の長孔量等に差があるから目的物質たるゼオライトの分子ふるいとしての機能に差があると主張している。しかし、ゼオライトは、その結晶構造に基いて分子ふるい孔径、単位重量当りの容積、表面積が定まり、これらによりゼオライトの分子ふるい機能が決定されるところ、本件発明によるゼオライトの結晶構造は何ら特定されていないから、分子ふるい機能は不明というべきであり、原告の上記主張は理由がない。

第4. 証拠関係

原告訴訟代理人は、甲第1号証ないし第4号証、第5号証の1ないし3、第6号証、第7号証、第8号証の1ないし4、第9号証の1ないし3を提出し、被告訴訟代理人は、甲号各証の成立はすべて認めると述べた。

理由

1. 請求原因のうち、原告が特許権を有する本件発明についてされた特許出願から特許無効の審決に至るまでの特許庁における手続の経緯、本件発明の特許請求の範囲及び審決の理由に関する事実(引用例に審決認定のとおり記載があることを含む。)は当事者間に争いがない。

2. そこで、原告主張の審決取消事由の存否につき判断する。

(1)  本件発明の要旨について

本件発明では、アルカリ金属ゼオライト粒子を非ゼオライト粒子と実質的に同一の寸法及び形状において回収することが、非ゼオライト粒子に対し所定の処理をした結果であり、「非ゼオライト粒子と実質的に同一の寸法及び形状において」回収する点につき格別の新規な製造手段を必要とするものではないこと、及び本件発明の要旨が特許請求の範囲の項記載のとおりであるとしても、それが審決認定のとおりであるとした場合と比較して作用効果に差異がないことは当事者間に争いがない。右争いのない事実によれば、本件発明の特許請求の範囲のうち「非ゼオライト粒子と実質的に同一の寸法及び形状において」の条件は、目的物質たるアルカリ金属ゼオライト粒子の状態を示すものであるが、その状態が反応上の所定の処理をした結果であつて、その状態を得るために右所定の処理以外に格別の製造手段を必要としないものであるから、右条件を除外して本件発明の要旨を認定した場合でも、目的物質たるアルカリ金属ゼオライト粒子が出発物質たる非ゼオライト粒子と実質的に同一の寸法及び形状で得られることに変りがないことは明らかである。したがつて、右の条件は、本件発明により得られる目的物質の状態を明らかにする意義を有するものではあるが、本件発明が解決しようとする技術的課題を達成するために必要不可欠な技術的手段を示しているものではないから、特許法第36条第5項に定める発明の構成に欠くことができない事項、すなわち発明の構成要件に該当するものとはいえない。してみれば、審決が右の条件を除外して本件発明の要旨を認定したことに誤りがあるとするまでもないことである。

(2)  出発物質について

引用例の方法がカオリン型粘土を原料(先駆出発物質)とし、これを煆焼した反応性カオリンを出発物質とするものであることは当事者間に争いのないところ、いずれも成立に争いのない甲第3号証(4欄54行ないし5欄6行)、第4号証(3頁)、第5号証の2によれば、カオリン型粘土は含水珪酸礬土Al2(Si2O5)(OH)4、加水ハロイサイトAl2(Si2O5)(OH)4・2H2Oなる化合物からなつており、シリカSiO2、アルミナAl2O3、水H2Oの単なる混合物ではないこと、カオリン型粘土を煆焼(550ないし850度Cの温度に加熱処理)すると反応性カオリンに変化するが、その性質はX線に対し実質的に不定形である(すなわち、X線分光計の線が実質的に鋭い回折帯を示さず、ガラスに対して得られたものと同様である。)ため正確には判明していないこと及びメタカオリナイトとも呼ばれるこの反応性カオリンは600ないし900度Cにおいて準安定の高自由エネルギー段階にあるものと定義されていることが認められる。そして、右認定のとおり、反応性カオリンがX線に対し実質的に不定形であつて、煆焼温度において準安定の高自由エネルギー段階にあるものと定義されており、遊離のシリカ及びアルミナになつていないことからすれば、引用例における出発物質たる反応性カオリンは、少なくともシリカ、アルミナと異なる化合物の形において存在し、依然としてシリカとアルミナの混合物にはなつていないことが推認されるのである。

一方、本件発明がシリカとアルミナの一つまたは両者を含むように合成的に製造されたところの強煆焼された非ゼオライト粒子を出発物質とすることは当事者間に争いがなく、したがつて、本件発明の出発物質はシリカとアルミナの一つまたは両者を含むものであつて、引用例における出発物質たる反応性カオリンとは化合物としての種類が同一といえず、またこれを包含するものでもない。

右のとおり、本件発明の出発物質と引用例におけるそれとは差異があるというべきであるから、両者の出発物質を同一であるとした審決の認定は誤りである。

(3)  煆焼目的について

引用例の方法において、カオリン型粘土を煆焼する目的の一つがカオリン型粘土を反応性カオリンに変化させることにあることは当事者間に争いがない。被告は、右煆焼の他の目的として、粒子を物理的に強化して硬質のゼオライト粒子生成を可能ならしめることがある旨主張するところ、成立に争いのない甲第3号証(引用例。例えば1欄9ないし11行、3欄51ないし54行。)によれば、引用例の方法は粘土結合剤を使用することなくゼオライト成形体を得ることも目的の一つとしていることが認められ、また、同号証(例えば3欄49ないし50行。)によれば、煆焼されたカオリン型粘土粒子(反応性カオリン)がアルカリ水溶液の所定の処理によつても崩壊しないことが認められるから、引用例の方法において煆焼をすることが粒子の物理的強化に何らかの寄与をしているのではないかとも考えられる。しかしながら、引用例(甲第3号証)には、煆焼の目的としてカオリン型粘土から反応性カオリンへ転換することは記載されている(5欄7ないし12行。)けれども、粒子の物理的強化については直接触れるところがなく、機械的強度の変化を示す記載もない。すなわち、引用例においては、煆焼と粒子の強化との関連性は明確にされておらず、結局、煆焼により粒子の物理的強化が意図されていたものとは認め難い。

他方、成立に争いのない甲第2号証(本件発明の特許公報。例えば3頁左欄3ないし6行。)によれば、本件発明においては、粒子を処理水溶液と接触させる前に煆焼することが目的物質たるゼオライト粒子に良好な強度と密度特性を与えるために重要である旨煆焼目的が明確にされており、また、成立に争いのない甲第6号証によれば、本件発明において煆焼することは硬質のゼオライトを得るために必要不可欠であるが、ゼオライトへの変換にはほとんど関係がないことが認められるのである。

したがつて、本件発明における煆焼目的は引用例の煆焼目的と差異があり、審決はこの点につき看過誤認したものといわざるをえない。

(4)  作用効果について

前掲甲第2号証によれば、本件発明は、調制された直径の孔を有し一般にモレキユラーシーブ(分子ふるい)として知られている合成ゼオライトの製造方法に関するものであり、従来の脆弱なかたまりを製造する方法と異り、任意の望ましい寸法及び形状の耐摩耗性集合体として固体モレキユラーシーブを製造することを目的とするものであるところ、本件発明の方法によれば、接合剤を用いずに任意の望ましい寸法の実質上球状のゼオライト粒子を製造することが可能であり(なお、本件発明において、出発物質たる非ゼオライト粒子と実質的に同一の寸法及び形状のゼオライト粒子が得られることは、前記のとおり当事者間に争いがない。)、右ゼオライト球状粒子は耐摩耗性を有する強固なものであり、従来のものより分子の吸着速度及び吸着能力も大きいことが認められる。また、本件発明と引用例の方法とを比較しても、目的物質たるゼオライト粒子の寸法及び形状の制御において、あるいはまたその品質、性能(純度、強度、吸着能力等)において劣つていることを認めるに足る証拠はなく、むしろ、以下のとおり、吸着能力において優つている可能性すら窺いうるのである。すなわち、ゼオライトの吸着能力は空洞(孔)の長孔容積及び表面積と相関関係があるとみられるところ、成立に争いのない甲第7号証によれば、本件発明の出発物質は引用例の出発物質に比して約19倍の長孔容積と約18倍の表面積とを有していることが認められ、したがつて、本件発明により得られるゼオライト粒子の方が引用例のそれより優れた吸着能力を有していることが窺われるのである。

(5)  結論

以上の判示から明らかなとおり、審決がした本件発明の要旨の認定に誤りがあるとはいえないが、本件発明は、引用例の方法と出発物質及びその煆焼目的において差異があり、効果においても従来の技術より優れており、引用例の方法と比較しても決して劣るものでなく、むしろ優れている点も窺われ、その所期の目的を十分達成しているものと認められるから、結局、本件発明が引用例の方法と同一の発明であつて新規性がないとした審決の認定及び判断は誤りというべきである。

3. よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 橋本攻 永井紀昭)

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